【日常】最近悪口言った?

前回の日記の訂正ですがアナ雪は11月公開でした。どんだけ見たいねんっていうね(笑)




最近悪口言いましたか?また、最後に言った悪口を覚えていますか?


前提として道徳の観念から悪口は言わない方がいいのですが、悪口を言うとバカがバレるからダメっていう考え方も自制の方法としてはむしろ賢明だと思います、個人的に。

咄嗟の悪口に人の知性が滲むことは、ままあると思うのですよ。


私は最近よく市役所のお世話になりますが、その敷地内にある池の鯉は普段色んな人にゴハンをもらっているためか、エサが無くても人影を見れば寄ってきます。そんな鯉たちに「パブロフの魚め」と吐き捨てた人間が買った本がこちら。


有名な文豪が残した他人への愚痴・悪口・暴言を収録。

現代に生きていたらネットの荒らしか炎上芸人になってるだろうと思われるような言動のオンパレードで、実際には会いたくないなあとドン引きする反面、前の章で威勢よく不平を並べていた太宰治が次の章では尊敬する中原中也に絡まれて半べそになっているのがもう可愛い。


それから、中原中也が初対面時に「大嫌いだ」と言い放った詩人と、のちに生涯の付き合いになる話も好き。それこそ詩か小説のような、王道のオチですね。腐れ縁とか素晴らしい…。


中原中也の詩集を持っていますが、個人的な印象として作品自体が愚痴っぽく、「そんなのはバカ」だとかのラフな言葉も詩に使っている(本書によれば丁寧な言葉が嫌いらしい)ので、作品と作者の間に意外性や違和感は無いような気がします。

文豪らしく語彙を駆使している人々の中にあって、脳みそから舌まで滑り台でストレートに悪口を叫んでいる中原中也にはとても好感を覚えます。

殺すぞ」と言って本当にビール瓶で殴っておいて殺す気は無かったというのはさすがにうーんですが(笑)


この本でいいなと思ったのは、罵詈雑言の裏に相手への尊敬があるんだとわかって、ただの悪口に深みが出るところ。


尊敬と悪口は矛盾しているかもしれないけど、例えば太宰治は志賀直哉に対して阿保の文章とか恥かしくないかとかの辛辣な言葉も多く残しています(志賀も太宰を酷評している)。一方で、弟子との会話の中では「文章を書こうと思わずに、思うまま書くからああ云う風に書けるんだろう俺もああ云うのは書けない」と、志賀直哉をリスペクトするようなことも言っていたそうです。何それ。本人が居ない所で褒めるの萌え!

尊敬しているからこその嫉妬、からの暴言なんでしょうね。もしくは(あくまでも想像だけど)「お前の文はこんなもんじゃないだろ」という怒りもあったかも?


文豪たちの悪口ネットワークは読めば読むほどどうにも愛嬌があって、ネット上の薄く広いふんわりしたやりとりに慣れ切った自分は何だか羨ましいなあと感じ、暴力性すらも愛されるセンスを持つ文豪に親近感を覚えるどころか、むしろ遠い存在に思えたのでした。




余談ですが最近事情があってエゴサをしている時に、見つけてしまいました。

記念日漫画のひとつがまとめサイトに使われているのを。

擬人化作品をたくさん集めた記事で、悪口とかは全然なかったしちゃんと作品にリンクしてあった(たぶん)ので形式としては引用の範囲内かなと判断し、過去絵恥ずかしい!と思いながらそっ閉じしました(笑)


いやーもう酷評されてたらどうしよう!?ってヒヤヒヤもんでした。たとえ酷評でも、悪口でなければいいんですけど。

作品を公開する上で何かしら言われるのは仕方のないことですが、できれば自分宛の悪口は見ないで済ませたいですね。